JJ(爺)の海外個人旅行記

英語力もスマホ術も不安な70歳超えの爺。それでも海外個人旅行は人生を楽しく、豊かにしてくれます。そんな実体験を綴っています。

はじめまして

 

はじめまして。70歳超えのJJ(ジージ)です。よろしく。

特にシニアの方で海外個人旅行をしたいと思っている人に読んで頂けたら嬉しいです。若い世代(特にZ世代)の方々にも参考になれば、尚更ハッピーです。

  • 海外旅行に行きたいけど、団体旅行はどうも若い向け人のようで、移動が多く、ゆっくりしていない。
  • シニア向けの団体旅行もあるが、観光地、食事もセットされており、自分で考えることはほとんどなさそうだ。また、ホテルも飛行機もハイクラスで費用も高い。
  • かといって、個人旅行を企画するのは、面倒だし、不安だし、費用も含めて良く判らない。
  • こんな方で、自由度が高く、ワクワク感のある海外個人旅行を、楽に、またリーズナブルに計画、実行したいと考えておられる方

そんな方に、海外赴任経験もなく、英語力もスマホ術も不安な70歳超えのJJ(ジージ=爺)の海外個人旅行記(旅行準備内容や現地でのトラブル、感動など)を、ゆったりと発信していきたいと思います。

 

読んで頂く中で、個人の海外旅行は歳をとっても可能だし、その結果として、気力や体力も活性化され、なんだか人生、豊かで楽しくなりそうだなあ~ とそんな気分になって頂ければ幸いです。


なぜ海外個人旅行なの?

最大の理由は、定年退職直後に計画していたヨルダンへの団体旅行が、直前になって催行中止となり、急遽他社で個人旅行の手配をして、なんとか当初のスケジュールで行くことができ、この時の経験がやはり海外個人旅行は楽しいと思ったことが一番の理由です。

 

海外個人旅行でしたので、言葉も通じにくく、また、自由行動時や飛行機乗り換え時等に小さなトラブルもありましたが、それにも増して、現地案内人の方とお互いカタコトの日本語/英語で話が弾み、また、計画変更等の要望にも適宜対応して頂き(例えば観光コースにない路地裏に案内してもらい現地の生活実態を垣間見たりして)、有名観光地の思い出より、むしろ多少のトラブルや計画外の行程が、旅行後強く印象に残りました。

 

国内個人旅行でも、楽しみは同じでしょう。ただ違うのは、旅行先で言葉が通じ、トラブル時等での日本人としての行動や反応はほぼ予想がつきます。風景も旅館の食事も似たり寄ったりと、海外旅行に比べて苦労や感動がやや少ない様に思います。多少の骨折りやそれなりの刺激があった方が、旅はより面白く、前頭葉の活性化には良いのではないでしょうか。

 

団体旅行と違い、個人旅行というと若者の「バックパッカー」の様な、あるいは「自分で飛行機からホテルまで予約する必要がある」というようなイメージをされる方も多いかと思いますが、JJはそんな面倒なことは基本的にしません。

 

このブログで、まずは「海外個人旅行は、そんなに難しい旅ではなく、歳をとっても行けそうだ。何とかなりそうだ。なんだか楽しそうだなあ~」そんなこと思っていただけたら嬉しいです。

個人旅行が楽しいと思ったヨルダン(ペトラ遺跡

シニアの海外個人旅行は一石二鳥?

老後を迎えると、一般的に気力がなくなり体力も衰えます。持病を抱えている人も多く、資産の目減りが気にかかり、理由が自分でも判らないままイライラすることもあります。

 

JJも、大学卒業後、同じ会社で約50年間働いてきましたが、70歳で全く仕事から離れると、「これ」と言った趣味もなく、時間を持て余し、老化の一般的症状にプラスして、気持ちも大いに落ち込んでしまいました。

 

そんな時、これからの人生に向けての本を読んだり、友達の話を聞いたり、残りの人生でやってみたいことを少し考えたりしました。

 

結果、「これからは好きなことをして、その副次効果として気力や体力の維持につながれば一石二鳥ではなかろうか。楽しみも二倍に増えるかもね」と思う様になりました。

 

JJにとっての“一石”、それは「海外個人旅行」でした。”二鳥”は取ってつけた感はありますが、「気力:脳機能の活性化」と「体力:身体機能の活性化」です。これらをまとめて「脳体機能の活性化」と呼ぶことにしました。

 

個人旅行ですと、それなりの下調べや手配(旅行会社との遣り取り)も必要です。現地では身振り手振りでの表現力(意思伝達力)もいります。病気やトラブル発生時、アクションを取らないと何も進みません。また、終日観光ともなればよく歩きます。これらは、すべて脳体機能の活性化に良いのではないかと思います。

 

また、ブログをやってみようと思ったのも、「情報受信」より「情報発信」の方が、遥かに前頭葉を使うと書いてある本を読んだからです。

 

若い世代(特にZ世代)の方に

少し横道にそれますが、日経新聞の2024年9月17日の朝刊に「日本人は旅行をやめたのか」という特集があり、そのなかでのアンケート結果として「Z世代の57.3%は海外に行きたいと思わない」との記載がありました。

 

JJは約50年前の大学時代、アルバイト代と親にムリクリ頼んで出してもらったお金で、ヨーロッパ旅行に行きました。どうしても、普通のサラリーマンになる前に、海外をこの目で見て、肌で感じてみたかったのです。この鮮烈な記憶は今でも残っています。

約50年前(JJの学生時代)の海外旅行集合写真

Z世代は、生まれた時から、インターネットやスマホがあり、情報収集や海外でのコミニケションにも困らず、それほど個人旅行のハードルも高くないと思います。このグローバルな時代、海外を直に感じることは、必ずや、これからの人生にとって有用だと思いますので、是非海外に飛び出してみて下さい。英語力、スマホ術も不安な70歳超えのJJでもトライし、都度新鮮な刺激を受けていますので。

 

今後、旅行前の準備、旅行中のトラブルや感動、具体的なトライ例等をゆっくりと投稿していく予定です。ブログ自体初めてで、悪戦苦闘中という状況ですし、内容も「JJの人生後半の旅路の記録」的なところがありますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

なお、この「はじめまして」投稿以降、2025年5月20日までに記事とした訪問国に関しては、一覧を下記に載せていますので、宜しければ参照下さい。

 

jj-travel.hateblo.jp

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

ではまた。

 

大手旅行会社? 中堅旅行会社?(中東経由の飛行機は飛ぶのだろうか その3)

大手旅行会社の個人旅行

近年、大手旅行会社も、海外個人旅行に力を入れているとのこと。

日本における大手旅行会社とは、JTB、HIS、日本旅行、KNT-CTホールディングス(近畿日本ツーリスト)、阪急交通社としておきます。店舗やパッケージツアーの取扱額が特に多い企業です。

 

今回の中欧の旅に関して調べてみますと

例えば、D社では「プラハ&ウィーン&ブタペスト 3カ国11日間」の個人旅行がありました。①エミレーツ航空またはカタール航空の航空券(行き:日本→プラハ、帰り:ブタペスト→日本)、②列車の予約(プラハ→ウィーン→ブタペスト)、③各都市のホテルを予約します という内容。費用はビジネスクラスで約95万円。

ただ、予約はWeb限定となっており、電話やカウンター窓口での予約は出来ないとのこと。なにか疑問点があった場合の相談やリクエスト(例えばホテルの指定)なども受け付けて頂ないようなイメージです。

 

E社では「ウィーン&プラハ 2カ国8日間」の個人旅行。①エミレーツ航空の航空券(行き:日本→ウィーン 帰り:プラハ→日本)、②列車の予約(ウイーン→プラハ)、③各都市のホテルを予約 をしますという内容。費用はビジネスクラスで約110万円。

電話での相談も可能な様ですが、延泊も減泊も不可。ホテルは☆4指定ですが、どこになるかは直前でないと判らないようです。

 

両社とも、基本的に、飛行機、列車、ホテル予約はしますが、後は各自でご自由にという内容。毎日出発可能ですので、団体旅行の様に出発日や催行の有無を気にする必要がありません。また都市間の移動は列車利用でトイレも安心です。ただ、いずれもあくまでパック旅行であり、旅程変更は受け付けていないというようなイメージです。

 

また残念なことに、これらのパックツアーには、JJがどうしても行きたかったザルツブルクが入っていません。ザルツブルクは、ウィーンからかなり離れており、このパックツアーとは別に、ウィーンからの「日帰りOPツアー(13~14時間)」に申し込むという方法もとれないことはないのですが、もう少しゆっくりとサウンドオブミュージックの舞台も回りたいし。

 

という事で、希望に叶うものが、当方が調べた限りではなかなか見つからず、いつもながら中堅の旅行会社のHPを確認することに。

 

なお、この情報も前回のブログと同様、2026年1~2月時点の情報です。現状、大きく変わっていることも考えられますので、その点、ご留意下さい。

ÖBB:オーストリア連邦鉄道(Österreichische Bundesbahnen)の略称

中堅旅行会社の個人旅行

上記の大手旅行会社以外を、ここでは中堅旅行会社とします。

 

一般的に、大手旅行会社が、やや「万人向け」のパッケージツアー(団体、個人)を強みとする一方で、中堅旅行会社は、「こだわり向け」のパッケージツアー(団体は基本無し、個人のみ)をはば広く取り揃えているような気がします。

 

JJも、中堅のS社やF社には良くお世話になっており、今回もここから調べ始めました。結果からすると、S社にほぼ希望通りのツアーが販売されていまいたので、この会社と、日程追加やホテル変更等の遣り取りをし、2月中旬に契約しました。

 

S社のパッケージツアー

HPを開いて条件を入力すると早速「羽田発カタール航空ビジネスクラス利用 中欧2カ国4都市周遊 プラハ&チェスキークルムロフ&ザルツブルク&ウィーン9日間」のパックツアーが目に入りました。しかも費用は約65万円(現状、この価格で販売されていません)。

 

当初はこの費用、エコノミークラスの間違いなのではないかと思い、電話で確認すると「ビジネスクラスで間違いありません」とのこと。もう、こうなると大手旅行会社の団体旅行の50%程度、個人旅行の比較でも60~70%で、これに飛びついてしまいました。

 

このツアーの内容は、

①日程が、プラハ2日→(チェスキークルムロフ)→ザルツブルク2日→ウィーン2日(小計6日)で、日本と欧州の往復3日をプラスすると計9日

②現地移動は、プラハからザルツブルクへは専用車(英語ドライバー)、ザルツブルクからウィーンは列車利用

S社の個人旅行(パッケージツアー)の旅程

訪問必須の3カ所も入っており、JJが予定していなかったチェスキークルムロフは、移動途中に立ち寄るだけのようなのでこれもOKです。各都市は最低2日の滞在で希望に合致しています。

 

また、移動は専用車と列車利用で、JJの心配事のトイレもこれで安心ですし(専用車ですと、ドライバーにお願いすれば、適宜トイレ休憩してもらえますし)、荷物の持ち運びも、気になりません。

 

これで決めようかと思いましたが、少し考えて ①各都市滞在を2泊から3泊に延長(計12日のツアーに変更) ②ホテルとその部屋タイプの事前指定が出来ないか 確認しました。この内容は次回に。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

続きはまた。

旅の計画 団体旅行? 個人旅行?(中東経由の飛行機は飛ぶのだろうか その2)

行先と日数がほぼ確定しましたが、次にどの様な旅行形態(団体旅行? 個人旅行?)で行こうか迷いました。こういうステップを踏むのは、2024年春のメキシコ旅行(最下段に貼り付けています)の時と同じです。

 

東南アジアに、飛行機マイルを使って出かける時などは、個人旅行しか選択肢がありません。今回の様に、旅行期間が比較的長く、都市間の移動を伴うような旅行の場合、どうしようか?と悩んでいるような気がします。

 

ブログのタイトルにある「個人旅行じゃないの?」と言われそうですが、やはり少しずつ気力も体力も落ちていっているのか、「個人旅行は準備も現地も面倒だなあ~」と考えてしまう自分がいます。そんな弱気な面も出て、あるいは最近の団体旅行も多少変わってきているかもという期待もあって、今回(も)、団体旅行も改めて調べてみました。結果的にはやはり個人旅行になりましたが・・・・

 

団体旅行か個人旅行か

ここ20年近く、JJは団体旅行には参加したことがありません。

ただ、この間の旅行先は、①リゾート地(ボラカイ島、バリ等)、②少しマイナーな国(スリランカ、モスクワ等)、③また、各地を移動するのでなく一か所に滞在する旅(バンコク、ケアンズ等)、④あるいは移動するとしても「専用車の利用」で停車や寄り道に融通が効く旅(インド、ヨルダン等)で、どちらかというと団体旅行より個人旅行に分がある旅の方が多かった気もします。

 

一方で、ヨーロッパの観光主要国(フランス、イタリア、スペイン等)は、一通り廻ってはいるのですが、20~50年前のこと、しかも団体旅行。この記憶が強いのか、妻とも「ヨーロッパは、もう少し年取ってからでも、団体旅行に参加したら、バスであちこち連れて行ってくれるし、荷物の持ち運びも苦労しなくて良いから、それにしようよ!」と、時々話していました。

 

確かに、ヨーロッパを3カ所(今回は、ウィーン、ザルツブルク、プラハ)まわるとなると、この移動に飛行機か列車かバスを利用することとなり、個人旅行であれば、ホテルから飛行場(あるいは駅)までのアクセス、列車やバスの乗降場所・時間、更に重い荷物の持ち運び、これらをどうするか? こんなことに思いを巡らすだけでも嫌になってきます。観光地も、自分でチケットを予約したり、購入したりすることも必要ですし。

 

歳をとると、何か新しい事をしようとすると、まず「面倒だなあ~」が前面に出てきて、安易な方、安易な方に流れてしまいます。今回の旅も、「ヨーロッパであれば、団体旅行も沢山売り出されていることだろうし、気楽で良いので、いいツアーがあったらそれに参加しようか」そんなところから大手旅行会社のパンフレットやNet情報を眺め始めました。

 

大手旅行会社の団体旅行

(下記の情報はいずれも2026年2月頃の情報です。現状、大きく変わっていることも考えられますので、その点、ご留意下さい)

確かに、ヨーロッパツアーは沢山あります。しかし、オーストリアとチェコという2カ国に限るとその数はグッと絞られてきます。調べた限りでは、この2カ国だけでなく、これに隣国のハンガリーやスロバキアが追加された3~4カ国ツアーの方がまだ多かったような気がします。

 

例えば、A社では、16名様限定の「中欧4カ国10日間」のツアーがありました。訪問国は、①チェコ(プラハ)→②オーストリア(ザルツブルク、ウィーン)→③スロバキア(ブラチスラバ)→④ハンガリー(ブタペスト)の計4カ国。飛行機はフィンエアー。宿泊地は3都市×2連泊で、団体旅行としては比較的ゆったりした内容です。費用はビジネスクラスの場合で約150万円/人。ただ8月の出発日は月末にしか設定がありません。

 

B社では、「中欧5カ国10日間」のツアー。訪問国は、ドイツ、オーストラリア、チェコ、スロバキア、ハンガリーの計5カ国。飛行機はANA。2都市×2連泊。かなり訪問国数に欲張った内容です。費用はビジネスクラスの場合で約140万円/人。ただ、8月の出発日は設定がありません。

 

C社では、ウィーンとザルツブルクだけ、あるいは上記と同様に多国間を移動するツアーもありました。

 

この様なパック旅行で、行先に拘る(ウィーン、ザルツブルク、プラハの3カ所は必須とする)と、本数がかなり限られてきますし、JJにとっては、関心が薄い都市を一緒に廻らなければいけません(他の都市が「魅力無い」と言っている訳では決してありません。あくまで、今回の計画の中では関心が向いていないという事です)。

 

また、出発日の設定が、妻の休暇予定となかなか合致しません。更に、想定通り長時間のバス移動が多く、これで疲れ切ってしまいそうですし、トイレが近いJJ(爺)はそれに耐えられるかどうか心配です。

 

費用も高いし。

 

決して全てを調べた訳ではありませんが、こうなると「団体旅行は難しい!」という方向になってしまいます。やはり個人旅行しかないのかなあ~。

 

しかし、ヨーロッパ都市間の移動、JJのような、英語力もスマホ術も不安な個人で、飛行機や列車やバスが上手く使いこなせるのだろうか。重たい荷物はどうすれば良いのだろうか。困ったものだなあ~ そんな少し重たい気分で、改めて個人旅行を探してみました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

続きはまた。

 

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どこへ行く? 日数は?(中東経由の飛行機は飛ぶのだろうか その1)

皆さんはどんな理由で旅先を決められますか。絶景を見たい、世界遺産を訪ねたい、美味しいもの食べたい、ビーチでゆっくりすごしたい、聖地巡礼したい、なんだかその都市おもしろそう などなどいろいろあると思います(お金や休暇や体力が、ある程度有ることが前提ですが)。

 

JJは世界地図を開いて、まずは「行ったことがなく、面白そうな国(場所)はどこだろう」と探すことが多いような気がします。マイルが貯まったので、そのマイルで行けるところに行く ということもありますが・・・

 

ハワイに毎年行くという有名人もおられますが、ハワイ(オアフ島)に何度も行くくらいであれば、パラオかタヒチかニューカレドニアか、そんな行ったことの無い島国に行きたい方です。

 

約1年前のブログ「これまでの記事で取り上げた訪問国」の中で、ヨーロッパでは、バルカン半島に位置する国々(クロアチア、ブルガリア等)や、東中欧(ポーランド、チェコ、ハンガリー等)には行ったことがないので訪問してみたいと書きました。

 

JJも毎年歳を重ね、今後、体力的にいつまで海外旅行できるかどうか判らず、元気な内にこれらの国を訪ねてみたいと思い、昨年末から、旅行情報の収集を始めました。

 

その後、妻の仕事の都合等も勘案し、この8月に「オーストリア」と「チェコ」の二か国を周遊することとし、略スケジュールを立て、旅行会社(S社)への申し込み、カタール航空とホテルの予約も2月中旬に終え、さあ、これからもう少し詳細を調べて、行動計画を策定していこうかという矢先。

2/28にアメリカがイランへの攻撃を開始し、中東経由の飛行機の運行が停止。今もって、いつ再開されるのか分からない状況が続いています。

 

こんな中途半端で状態で、ため息が出てしまう毎日ですが、備忘録的にこれまでの旅行計画の経緯(行先・日程・旅行形態の検討や旅行業者との遣り取り等)を書き留めました。一例として読んで頂ければ嬉しいです。

 

なぜ、オーストリアとチェコ?

オーストリア:ウィーンのシェーンブル宮殿

ヨーロッパの中でも、東欧や中欧はほとんど旅したことが無かったので ということが、この地域を選んだ最大の理由です。西欧(ドイツ)と東欧(ロシア)の中間点として、多くの民族や文化が混在し、美しい街並みや歴史的な名所も数多くあります。

 

この中でも、オーストリアとチェコは、第一次世界大戦まではハプスブルク家の支配下で、当時の至宝が沢山残っています(例えば、ウィーンのシェーンブル宮殿)。

 

スペインのプラド美術館に、ハプスブルク家(スペイン・ハプスブルク家)由来の絵画が沢山あるのと同じような感じでしょうか。ちなみに、オーストリアはハプスブルク家の本家?(オーストリア・ハプスブルク家)で、美術より音楽振興に力を入れていたそうです。

ザルツブルク:サウンドオブミュージックでトラップ一家が逃亡前に歌った劇場

そうしたこともあり、オーストリアは音楽の都となったとも。特にザルツブルクは、モーツアルト誕生の地であり、映画「サウンドオブミュージック」の舞台です。JJが中学生だった頃初めてこの映画を見て、その冒頭のシーンから圧倒され、その後何度みたことか。

 

また、ウィーンはJJの大好きな映画「男はつらいよ」で、寅さんが湯布院(ユフィーン?)と間違えて旅したところ。この点でも、この二カ所は聖地巡礼(?)として必須です。

 

一方、チェコは第二次世界大戦後、ソ連の支配下に置かれ苦難が続きますが、1968年の「プラハの春」、1989年の「ビロード革命」の両方において、民主化運動の中心となった歴史的な舞台「ヴァーツラフ広場」があります。

 

プラハの春を題材にした恋愛小説「存在の耐えられない軽さ」はJJにとっては難解で、改めて読み直さないと! 一方、ビロード革命の「力なき者たちの力」は、もっと難しそうで、NHKの「100分de名著」というテキストしか読んでいませんが・・・

 

こんな感じで、旅のテーマとして統一性は全くありませんが、オーストリアはウィーンとザルツブルク、チェコはプラハ、この三か所は必ず訪ねてみたいと強く思うようになりました。

プラハ:ヴァーツラフ広場

日数は?

ヨーロッパに行くとなると、どんなルートにしても、往復に3日間はかかります。3都市訪問する場合、各都市に2日滞在の場合は3都市×2日=6日で、旅行日数は計9日(3日+6日)。各都市3日滞在の場合は計12日(3日+9日)となります。

 

個人的には、各都市に最低2日、大きな都市だと3日は欲しいと思っています。

 

例えば、初めての京都であれば、1日目は、清水寺、八坂神社(東山エリア)を、2日目は金閣寺、渡月橋(嵐山・北山エリア)をザっと廻るようなイメージでしょうか。まあ、2日間でも良いのかも知れませんが、3日目に、歴史巡りでなく、錦市場とか四条河原町とか先斗町とか、少し生活感の感じられる所をブラブラとしてみたくもあり。

 

3日目は平等院(宇治エリア)でしょう! と言われる方もおられるかと思いますが、JJはそこまで行くと、どんなお寺や神社を廻ったのか、後から思い出せなくなりますので、この観光は止めておきます。が、いずれにしてもこのぐらいの規模の観光地ですと、3日は欲しいところです。ウィーンなどは、3日では足らないような気もしますが・・・

 

今回も、都市の大きさや観光したい場所数にも依ると思いますので、9日~12日くらいの期間になるかなあ~と考え、妻にはほぼ2週間の休みを取ってもらいました。

 

まずはこんな感じで旅行計画をスタートさせました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

続き(旅行形態の検討等)はまた

 

オーストラリア:ケアンズ 自由旅行+手配旅行で行ってみて(その3)

5日目(市内散策とプール)

ケアンズの旅は一般的には、4日目で観光を終えて5日目に帰国というパターンが多いようですが、JJ達は3~4日目にOPツアーを組み込んだため、これでは街の雰囲気をほとんど知らずに帰国することになるのでは?と思い、5日目はフリー(6日目に帰国する)として、市内散策やプールに浸かって一日を過ごしました。

ケアンズの人口は約16万人で、日本において地方の拠点都市としてとして位置づけられる規模です。中心地はそれほど広くはなく、とりあえず宿泊先のシャングリラホテルから歩いていける教会(聖モニカ・カテドラル)とミュージアムに行ってみることとしました。

市内散策:写真だけみるとハワイの様な感じ

〇教会(聖モニカ・カテドラル)

第2次世界大戦時、ケアンズ沖で日本軍と戦い、亡くなった人たちのために建設された教会だそうです。観光する様な方はだれもおられませんでしたが、中に入ると両側壁の上方にあるステンド・グラスに目を引き付けられました。

 

旧約聖書の天地創造の話(神が6日間で宇宙や万物や人間を作り上げたという話)が描かれており、この物語を描いたステンドグラスとして世界最大級だそうです。

 

ヨーロッパの教会は暗いイメージが強いのですが、この教会は明るく、その上で荘厳さや静粛性も保持しているように感じました。

聖モニカ・カテドラル:両壁上部のステンドグラスが美しい

部屋後方のステンドグラス。海と戦争が描かれている?

〇博物館(ケアンズミュージアム)

こぢんまりとした博物館で、受付には、自分はドイツ人だという方がおられました。簡単に展示物の説明等をして下さいましたが、実はこの方の話す英語の方が、現地の英語よりはるかに聞き取りやすく、それはラッキーでした。

 

JJはヒアリング力がある訳ではなく、イギリスやアメリカで本場の英語が聞き取れるかどうかも分かりませんが、JJにとっては、オーストラリア英語より、東南アジア英語の方が、はるかに聞き取りやすく、このドイツ人の方も分かりやすかったのです。

 

そんな話はさておき、ここには、昨日訪ねたキュランダ鉄道の建設に関する資料も展示されていました。

博物館に展示されていたキュランダ鉄道の工事写真

前回のブログでも記載していますが、元々はこの鉄道は「内陸部で採掘した金やスズを運ぶ」と供に「鉱山労働者への物資輸送」を目的に州政府が主導して建設したようです。

 

解説によると、急峻な地形と深い熱帯雨林、断崖絶壁や渓谷が連続し、多くのトンネルや橋梁が必要とされ、作業環境は危険そのもの。豪雨による崩落・作業中断もあり、掘削作業、発破作業等も手作業中心で、非常に過酷な労働であったようです。

 

昨日は単に、カーブを曲がる列車や車窓から見える風景に気を取られていただけですが、こうした苦労を知ると、もっと列車乗車時に、思い巡らすことが出来たのかなあとも思います。

 

〇昼食

教会と博物館を巡り、ケアンズ駅と直結したショッピングセンターのフードコートで何か食べようとすると、なんと日本で700円前後のマクドナルドハンバーガセットが1,700円、ベトナム料理のフォーが3,000円/杯。

 

こちらに来て、夕食として何度か食べた肉料理(オージービーフ)は、それほど日本と比べて高いとは思わなかったのですが、この昼食の値段にあんぐりと開いた口がふさがらないような。食べない訳にもいかないので、ハンバーガーとフォーをそれぞれ注文しましたが・・・・

フードコートで、3,000円/杯のフォーを頂きました

日本では、一般的なアルバイト代が時給1,000円前後。ケアンズでは、学生アルバイト代で2,500円前後とのこと。ただ、日本からワーキングホリデーでケアンズに来ている若者も多いようですが、一般的に英語力が弱く、良い職種にはあまりつけなく、結局、異文化も学べない、語学力も向上しない人が多いとの事でした。

 

東南アジアではまだこの物価高は分かり難い(感じにくい)のですが、ここに来て改めて、日本の国力の衰えをひしひしと感じました。

 

〇市民プール(ラグーンプール)

ケアンズ中心部の海岸沿いにある「エスプラネード・ラグーン」は、無料で利用できる巨大な人工海水プールです。シャングリラホテルの直ぐ近くです。

人工海水プール。周辺は天然芝で、市民の憩いの場となっています

前掲の地図でも分かりますが、海はすぐそこです。しかし、①ケアンズ近海で毒クラゲが季節的に大量発生し、海で安全に泳げる時期が短い ②ケアンズ近郊の海は干潟で、砂浜もなく泳げる海岸がほとんどない等の理由で、グレートバリアリーフの観光都市として、イメージ的にも「安全に泳げる場所」を街中心部に確保する必要があったからだそうです。

 

少し加温もされているようで水中も寒くなく、プール周辺は天然芝が敷き詰めてあり、人々はそこでゆっくりと寝そべっています。日本にもこんな無料プールがあったらなあ~

ホテルプールにも浸かってみましたが、市民プールの方が素敵でした

世界遺産も良いのですが、こればかりだと食傷気味となってしまいます。身近な観光地や日常の風景をなんとなく眺め、体験することで、心も体も休まることもあります。5日目はそんな感じで1日が過ぎ、6日目に無事、帰国しました。

帰国日のケアンズ空港のロビー:ここも人はまばら

ケアンズには、コロナ禍の中、思い付きで旅した感じはありますが、自由旅行+手配旅行でほとんど問題なく(少しホテルでトラブりましたが)、久しぶりの海外を楽しめたようにも思いました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

ではまた。

オーストラリア:ケアンズ 自由旅行+手配旅行で行ってみて(その2)

今回、ケアンズを選んだのはやや消去法的な理由(新型コロナ制約からの逃避)ですが、ここには魅力的な観光地も沢山あります。

3日目はケアンズを代表する観光地、グレートバリアリーフ(世界最大級の珊瑚礁)に、4日目はキュランダ(世界最古の熱帯雨林)に、OPツアーを利用して出かけました。

 

3日目(グレートバリアリーフ)

OPツアー名は、「世界遺産グリーン島とアウターリーフクルーズ」。アウターリーフとはグレートバリアリーフの最も外側(外洋)に広がる珊瑚礁の総称です。下図参照下さい。

OPツアーには、このように横文字(カタカナ)でツアー名が載っていることも多々あり。当時、珊瑚礁のことを全く知らなかったJJには、「グレイーバリアリーフとは何?」「アウターリーフとは何?」とサッパリ判りませんでしたが、兎に角このツアーに申し込んで出かけました。

 

結果的に、グリーン島はいま一つ、グレートバリアリーフでのポンツーンからのシュノーケリングは、素晴らしかったのですが、シュノーケリングにしてはあまりに海が深く、恐ろしくもありました。

いざ出港

「ポンツーンとは何?」と思われる方もおられるかと。この時の様子は、下段の過去ブログに載せていますので、よろしければそちらをご覧ください。

 

jj-travel.hateblo.jp

 

4日目(キュランダ村)

OPツアー名は「世界遺産キュランダ(スカイレールと鉄道)ガイド無しフリープラン」。ここは、下図のような位置関係で、宿泊先のシャングリラホテルからスカイレール(ロープウェイ)乗り場までは車で送ってもらい、ここからはJJ達だけで、このロープウェイで山頂まで登り、帰りは、キュランダ観光鉄道に乗ってケアンズ駅まで戻る というルートです。観光鉄道の指定席だけは事前にとっておいてもらいました。

 

〇スカイレール(モノレール)

スカイレールは全長7.5km(かなり長い)。ちなみに静岡県熱海市にあるアタミロープウェイは約0.3km(日本最短)ですので、これと比べると約25倍の長さです。

スカイレール乗車チケットの購入:人もまばら

ゴンドラが熱帯雨林の上を通過して頂上を目指します。途中に2つの駅があり、ここで一旦下車し、駅に直結した遊歩道や展望台を巡ってくることも可能です。熱帯雨林を上空からも、また下車して身近にも見られる点は、世界的に珍しいのかも。映画「アバター」に登場する神秘の星の景観のモデルになった場所の一つとも言われています。

スカイレールの下に広がる熱帯雨林

〇動物園(コアラガーデンズ)

頂上のキュランダ村は、以前は先住民が住んでいたようですが、現在は豊かな自然に惹かれたアーティスト、クラフト作家たちが多く移り住み、「芸術の村」とも呼ばれています。

 

お土産屋さんも沢山あり、妻はカラフル(アボリジニアートに似た?)大きめのトートバックを購入。ただ、今回の最大の目的はここにある動物園「キュランダコアラガーデンズ」でコアラを抱っこすること。ケアンズ市内にも、コアラを抱えるところは数カ所あったと思いますが、費用はここが一番安かったと記憶しています。

 

抱っこタイムは3回/日で、事前予約しておかない(到着後すぐに申し込まないと)と、完売となるとの情報もありましたが、新型コロナの時期でもあり、観光客もまだ少なく、全く待つこともなく、その点ではラッキーでした。

 

JJは以前に、パース(オーストリアの西海岸)に行った折、抱っこしたことがありますので、ここはパス。一般的に野生動物の毛は、見た目よりゴワゴワしたものが多いように思いますが、コアラの毛はフワフワして細く柔らかく、ぬいぐるみの感触とあまり変わらないと思います。

コアラを抱っこして記念撮影

〇観光鉄道

この鉄道、当初の計画では「内陸部で採掘した金やスズを運ぶ」と供に「鉱山労働者への物資輸送」を目的に建設されたようですが、この目的は果たせず、代わりに高原の農産物輸送や観光の道として発展し、今日に至るようです。

始発駅(キュランダ駅)のプラットホームで。
ビニール袋の中にはお土産として買ったトートバックが。

急カーブをゆっくり曲がっていく列車の状況が、以前、日本のテレビ番組「世界の車窓から」のオープニングの映像として流れていたようです。確かに、そんな記憶もおぼろげながらあり。

 

ただ、この鉄道が苦難の末に完成したことに関しては、全く思いを巡らすことが出来ず、それは次の日に訪問した「ケアンズ博物館」で知ったという次第でした。

先頭車両:カラフルなディーゼル機関車がレトロな客車を牽引

乗車時間は約2時間で、先頭客車で進行方向に向かって左側の席を予約して頂いていました。ここからですと、急カーブ(前掲の位置関係を示した図中に〇で示したカ所)を曲がる車両全体をほぼ写真に収めることが可能です。OPツアーは「トラベルドンキー」という旅行会社に頼んだのですが、この座席指定には感謝。

「世界の車窓から」でオープニング映像として流れていたカーブ

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1~2日目は、飛行機遅れやホテルのチェックインでトラブりましたが、3~4日目は、特に大きな問題もなく終わりました。両日ともOPツアーに申し込んでおり、ガイドさんは居られませんでしたが、決められたコースを行く(乗る)だけですので、気を揉むこともなく。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

最終日(5日目)は、その3で。

ではまた。

オーストラリア:ケアンズ 自由旅行+手配旅行で行ってみて(その1)

新型コロナ

2020年(令和2年)初頭から新型コロナウイルス感染症が世界的に広まりましたが、それでも2023年には終息し、経済活動も再開され、団体旅行等も復活しました。

2022年10月の成田第2ターミナル:17時頃でもガラガラ

JJ達がオーストラリアに旅した2022年秋は、各国の対応にバラツキがありましたが、日本でもやっと入国規制や入出国者の検査義務付けが、解除し始めた頃ではないか記憶しています。

 

当方も2020年と2021年の二年間はどこにも行かずじっと我慢していましたが、2022年春には、国内では東京から最も遠いと思われる石垣島に”マスク”をして行きました。しかし夏ごろからは、やはり海外が恋しくなり、うずうずし始め、どこか規制が緩やかな国はないものかとリサーチしていました。

 

当時、日本から出国(飛行機に搭乗)するには、予防接種証明書があればよく、これを準備するのは比較的容易でした。しかし帰国時は、出発時の48時間(?)前までの現地での検査結果が陰性でないと飛行機に搭乗させてもらえないという国が多く、じゃこの検査を旅行先のどの病院(検査機関)でするのか、事前に探して、申し込んで、その病院に出向くことも必要で・・・・こんな面倒な事出来ないよね~と諦めていましたが、オーストラリアでもクイーンズランド州は、この検査結果がなくても帰りの飛行機に搭乗できるようになったのが、時期的に比較的早かったような気がします。

 

「じゃこの州にあるケアンズに行こう。東南アジアもすこし飽きたし、オーストラリアだとコアラもいるし、お肉も美味しそうだし!」という事になりました。

行程

旅の行程は下表の通りで至って簡単で、成田からケアンズに行って帰るだけです。

飛行機とホテルはJJが直接NETで申し込みました。この部分が自由旅行です。またケアンズでは、観光地をめぐるオプショナルツアー(OP)に申し込むこととし、この部分が手配旅行に該当します。いずれも何かトラブルが発生した場合は、自分で対応せざるを得ませんが、当時はまだ、旅行会社もパック旅行の販売などもほとんどなく、必然的にこのような旅行形態になりました。

ETAの取得

パック旅行(個人でも、団体でも)で海外に行く場合、パスポートの残存期間や入国審査書類等に関する案内が旅行業者から届くことが多いのですが、自由旅行や手配旅行の場合は、これらを自分で確認して、必要であれば手続きも事前に済ます必要があります。

 

オーストラリアに入国する場合、電子渡航許可証(ETA)が必要でしたので、これも自分で申請して取得しました。面倒なことは特にありませんでした。

渡航申請許可書:この時はまだ、新型コロナに関する注意書きもあります

飛行機

当時(今も?)、日本からケアンズに飛ぶ直行便は、LCCの「ジェットスター」しかなく、選択の余地はありません。これまで海外に飛ぶのにLCCを利用したことはなく「LCCでどうなのだろう?」と気にはなりましたが、まあ発着が遅れても乗り継ぎがあるわけではないし、利用してみることとしました。

 

ただ、約8時間のフライトはかなり長く、足元が狭いと疲れそうなので、ビジネスクラスにしました。ジェットスターのビジネスクラスは、JAL等のプレミアムエコノミー程度のシートですが、価格はそれほど高くなく、お得感があるとの情報もありましたので、今回はそうしました。確かに、LCCのエコノミークラスではチェックインに時間も掛かりますがビジネスではそれもなく、機内でゆっくりできること、飲み物無料等も含めて、お得だと思いました。

 

しかし、「やはり」と言ってなんですが、行きも帰りも出発時刻は、2~3時間程度遅れました。現地の人に確認すると「飛んでいるだけラッキーだと思った方が良いよ。2~3時間の遅れは定時の範疇だから」と言われました。LCCとはこんなものなのでしょうか。たまたまこの航空会社がそうなのでしようか? LCCは時間的に余裕がある時に、安い価格で利用するのがベストなのでしょう。

ジェットスター:ケアンズ空港で

ケアンズ到着

実際には、ケアンズ到着が予定時刻の朝4時半から7時過ぎとなり、空港からホテルに向かうにも、丁度良い時間になりました。朝4時半に空港に着いて、それからどうしようかと考えていましたので(空港でしばらく待ってホテルに向かおうかなあ~なんて考えていましたので)。

ケアンズ空港で:タクシー乗り場に向かっています

ホテル

ホテルは、市内の観光船乗り場近くにある「シャングリラホテル・ザ・マリーナ・ケアンズ」を、エクスペディアから予約しました。しかし、このチェックインが予定時刻(14時)を過ぎてもできず、3時間以上待たされ、挙句の果てに予約していた部屋(オーシャンビー)とは異なる部屋に通され、苦言を言ってやっと予約した部屋に案内されたという状況でした。

 

この様な場合、日本の旅行業者のサイトから申し込んでおけば、そこに電話して事情を説明すれば、もう少し短時間で対処してもらえたかも知れませんが、英語力が不安なJJでは、エクスペディアにうまく伝わるかどうか不安で、「直接交渉しかない!」と思い、手振り、身振りで対応し、結果、この迷惑料として、100豪ドル分のお食事券を頂きましたので、まあ許せる範囲かなと思いました。

ホテルに荷物を預けて近くを散歩

散歩途中、カフェで休憩

予約したオーシャンビュー側の部屋にやっとチェックイン

夜市に出かけました

まずはホテルに荷物を預けて周辺を散策し、無事チェックインした後、ゆっくりと夕食を取り、その後夜市に出かけ、一日が終わりました。

 

夕食に関しては、「オーストラリア:ケアンズ 最後の晩餐はオージービーフ」に載せていますので、よろしければそちらをご覧ください。

 

(その1)では、旅行計画と行程1~2日目の飛行機、ホテルに関して述べました。

飛行機は想定内のトラブル、ホテルは想定外でしたが、交渉が上手くいったので「よし!」としましょう。

 

3日目以降に関しては(その2)で。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

ではまた。

 

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インド:イスラム教とタージ・マハル などなど

2010年の年末、下図のようなルートでインド北部を旅し、ベナレスでは仏教遺跡の「サールナート」と、ヒンズー教の聖地である「ガンジス川」を訪ねたことは以前に書きました。

今回は、イスラム教と関りの深い、アグラの「タージ・マハル」等の話です。

ここ数回、宗教的な内容ばかりで、宗教にはあまり関心のないJJも少し疲れてきましたが、インドを旅して初めてこの3宗教を考える機会となりましので、書き留めておきたいと思いました。インド北部に関しては、これで最終回の予定です。

イスラム教

ところでなぜ、イスラム教がインドで広まったのでしょうか?ヒンズー教や仏教はインドで生まれたこともあり、それが広まったことは分かるのですが(仏教は途中で衰退しましたが)、イスラム教に関しては「どうしてだろう?」と疑問に思っていました。

 

下表は、以前も掲げました。この中で示すように、イスラム教が広く普及したのは16世紀からです。この時代は、モンゴル帝国の末裔がインドを支配し、そこに「ムガル朝」を築いた時代です。ムガルとは”モンゴル“という意味で、この王朝がイスラム教を奉じたとのことで、一機にイスラム教が広まったようです。やはり、どんな王がその国を支配するかによって、広まる宗教も変わっていくようです。

インドにおける各宗教の展開時期

「モンゴル帝国の支配領域は中国周辺では?」と考えていましたが、これは大きな間違いで、西は中東まで広がっており、この帝国はイスラム教も受け入れていたようです。東の端の日本は元寇に耐えて侵略をまぬがれましたが、仮に侵略されていたら今頃はどんな国になっていたのやら? タージ・マハルはこの時代の遺産です。

 

アグラの「タージ・マハル」

アグラにある「タージ・マハル」は流石にインドを代表する世界遺産。想像していた以上に大きく、美しい建造物(お墓)でした。一般的に、観光地は、案内書やNetに載っている写真の方が、実物より良く撮れていることが多い気がしますが、ここは実物の方が遥かに迫力もあり、奇麗だと思います。

タージ・マハル

正面からの外観はもちろん、霊廟内のあらゆる部分が左右対称になっていることで知られています。また、すぐ近くで見ると大理石を彫って作られたレリーフや、象嵌細工の繊細な装飾が施されています。ここはもうJJの感動文より、自分の目で確かめられるのがベストだと思いますので、是非機会があれば現地を訪ねて下さい。

 

余談ですが、当方、ここに入場するにあたり、持ち物検査で鞄の中に入れていた「水彩絵の具」が引っ掛かってしまいました。建造物に、この様な塗料を投げかけたり、塗りつけたりすることが無い様に、入口で没収(廃棄)することになっている様です。

 

水彩絵の具は、高価なものでもなく、没収されても仕方ないと思いましたが、現地のガイドさんが気を利かして、入口近くにあった売店の主人に「これ預かって」とひょいと渡してくれ、観光後にそのお店で受け取りました。ガイドさん、売店の御主人様、ありがとうございました。こんな変な事をこのタージ・マハルの写真をみながら思い出しました。

タージ・マハルの繊細な装飾

アグラの「アグラ城」 などなど

先ほどのタージ・マハルはムガル帝国の第5皇帝が、その妻の死を悼み国家財政が傾く程の費用をかけて建設したと言われています。

 

一方、ここアグラ城は、ムガル帝国の城塞として、3代に渡って増改築が行われたそうですが、この中に、タージ・マハルを建てた第5皇帝も含まれ、財政状況など気にせずに贅沢な建物を建て続けたため、見かねた息子がここに幽閉してしまいました。その後皇帝は、ここから遠くに見えるタージ・マハルを眺めながら亡くなったとの事。

 

城塞の美しさより、息子に幽閉された話の方が気になりました。JJもそんなこと(資産はないけど、ボケで施設等に幽閉される?)にならない様に気を付けなければ!

アグラ城

まあ、このあたりまでは、ムガル帝国という聞き覚えのある帝国名での話ですし、一生懸命ガイドさんの説明も聞いていた様な気がするのですが、これ以降は「〇〇王とか〇〇朝とかのお墓やお城です」と言われても、ほとんど分からず、同じような建物を見て回っているような気がして、途中で面倒になってしまった というのが正直なところです(ガイドさん、すみません)。

 

5日目にジャイプールの「ハワー・マハル(風の宮殿)」と「アンバー城」を、6日目に、デリー近くの「クトゥブ・ミナール複合建築群」「フマユーン廟」等を観光し、写真は撮りましたが、、、、、

ジャイプールのハワー・マハル(風の宮殿)

ジャイプールのアンバー城

デリー近郊のクトゥブ・ミナール複合建築群

デリー近郊のフマユーン廟

まとめ

今回の旅、旅程2日目のサールナートは仏教と、3日目のガンジス川はヒンズー教との関りが深く、歴史的には二カ所ともかなり古い時代(古代インド)の遺跡や当時からの聖地でした。

 

一方で、旅程4日目のタージ・マハル、アグラ城はイスラム教と深く繋がり、比較的近年(中世インドの後半)の建造物や町です。この後、旅程5~6日目もイスラム教と関係した所でした。

 

今回こうして、インド北部を旅して、各所で各宗教の遺跡や風習に接することが出来、更にその後15年以上も経った今になって、改めてインドの宗教歴史を整理する機会も得ました。想い出を整理するのに少し疲れ感もありますが、脳機能の活性化に役立ったような気もします。これもやはり旅のおかげだと思います。

 

JJ(爺)の旅ブログは最新情報を載せることは、なかなか難しい面もありますが、過去の写真アルバムをながめながら情報を再整理することで、新たな発見があり、また自分史の材料にもなる様な気もします。

 

インド北部の宗教話、最後までお読みいただきありがとうございます。

ではまた

 

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