と、ある知り合いの方から言われました。
そうですよね、旅行記事をWebに載せるということは、新鮮で、なるべく正確でないと(ニュースサイトのような記事でないと)、読者にとってはほとんど意味ないですよね。
JJの15年前のインドやロシア、10年前のヨルダンやバリの記事はまさしくそうで、これから旅行を予定している方、あるいは最新情報を求めている方にとっては、全く役立たない内容です。分かります。
ただ、自分のブログでは
・旅の第4段階目を楽しんでいることも多く
・備忘録的に、人生の記録の一部として書いており
・記憶に残った部分を中心に話を膨らませており
その対象は、最近の旅でも古びた旅でも、どちらでも良いのです。どちらかというと、「自分の為」に書いていますので。
従って、知り合いから「古い旅行の記事が(読者にとって)意味あるの?」と言われても、これは仕方ないことなのです。
それなら、ブログにのせなくても(広く公開しなくても)、自分のパソコンに旅行記として保管しておけば良いのでは?とも言われそうです。これも確かに。
ただ、折角なら、
・自分の失敗や経験が、少しでも参考になればと思うところがあり
・同じような世界観、価値観をもっている方との繋がりがあれば良いなあ~と期待するところがあり
・こんなブログでも共感してくれる人、認めてくれる人がいてくれれば嬉しいな! という承認要求もあり
そんな、「少しでも社会とつながれば!」という思いもあり、あまり意味の無い内容、特に古い旅行記事はそうかも知れませんが、公開もしています。
こんな記事でも、読んでくださる方がおられるということは、ありがたく。やはり励みになりますので、これからも宜しくお願いします(「読んだよ」の☆マーク、宜しく!)
4段階目に関して
「旅の第4段階目を楽しんでいることも多い」と前述しましたが、これはJJの勝手な解釈です。一般的に、旅の楽しみは「第1段階:旅行前(計画・準備)」「第2段階:旅行中(体験)」「第3段階:旅行後(思い出)」の3段階あると良く言われています。
JJの場合、この3段階にプラスして、4段階目として「旅行後々(追憶・回想)」的な記事をかなり書いています。これは、旅行後からするとそのずっと後(5年、10年、15年後)のことなので「後々」としており、(追憶・回想)とつけたのは、その言葉が、既に過ぎ去ってしまった遠い過去を懐かしみ、しみじみと思い出す行為、あるいは印象的な出来事が湧きだしてくるという、そんなニュアンスに合っていると思いましたので。

JJの海外個人旅行の場合ですと、
第1段階:旅行前(計画・準備)
どこへ行く、日数、旅行会社はどこにする、費用は? から始まり、具体的に行先等が決まると、緊急連絡先は、現地移動方法は、OPツアーへの申し込みは、持ち物は?等を検討し、その後、予備知識として、その国の歴史的、文化的な背景等を図書館から本を借りて読むなどをしています。
第2段階 旅行中(体験)
最近でこそ、多少ブログにあげることを考えて写真撮りなどをしていますが、基本的にそんなところに、余り気をつかっていません。余裕がなかったり、あるいはとてもびっくりして写真を撮るのも忘れたりと。
食事も、注文品が出てくると「どんな味がするのだろう?」という好奇心が先走り、少し食べた後で「あっ写真にとっておかないと!」と思うことが多く、しかし「既に手をつけて、これでは映えないよねえ~」と手遅れ状態で、諦めることも多々あります。
他の方の旅行ブログでは、旅行中の体験談がまるで実況中継の様に挙げられてくるものもあります。航空ラウンジや機内食はこんな感じ。現地で歩いていると素敵なお店発見。この料理は〇〇で美味しい!等。旅行ブログの鏡のような記事ですが、JJはとってもではありませんがこんな芸当は出来ません。
第3段階 旅行後(想い出)
帰国後、写真をプリントアウトして、チケット、領収書などと一緒に紙のアルバムに張り付けています。こんな作業少々時代おくれかも知れませんが、JJはこのようなアナログ的記録の方が好きなのです。スマホの中で勝手にアルバムを作ってくれアプリもありますが、、、(アプリ様、お気遣いありがとうございます。でも少しJJの感性と違うのです)。その後、このアルバム等も参考にして、ブログに記事を書いています。
第4段階 旅行後々(追憶・回想)
第4段階の記事(例えば15年前のインドやロシアの記事)は、アルバムを見ながらです。
ただ、正直なところアルバムに貼られた有名観光地の写真を見ても、どんなところに感激し、なにが素晴らしいと思ったのか、ほとんど思い出せません。インドのタージマハルなどは、確かにその荘厳さが記憶に焼き付いていますが、その他はほとんど記憶に残っていません。
寧ろ、ロシアは暑くて暑くてとか、中国はどこもかしこも人で溢れてとか、インドの列車の中ではネズミが走っていたとか、インドネシアではお腹が痛くて痛くてとか、そんなどうでも良いような想い出の方が、はるかに鮮明に蘇ってきます。
追憶とは、過去をゆっくりと思い起こす行為のような気もしますが、JJの場合、アルバムを見て、静かに過去を思うというより、それを見ていると、その時の印象的な出来事が湧きだしてくるという様な感じで、「回想」という言葉の方があっているかも知れませんが、、、
いずれにしても、過去の旅行ルバムを眺めて、「あの時は、そうだったよなあ~」という記憶が蘇り、その思い出に浸ることも、時間に余裕があるJJの楽しみの一つで、それをブログに載せているというようなところでしょうか。
まあ、こんなどうでも良いような内容を、特に古い旅行の記事に関して、今後もブログにあげていきますが、どうぞよろしくお願いします。
なおこの旅行記は、人生終盤の生きた証の一つなので、「これをブリントアウトして(出来れば製本して)、棺桶に一緒に入れて欲しい」と、妻にはお願いしています。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
ではまた。