JJ(爺)の海外個人旅行記

英語力もスマホ術も不安な70歳超えの爺。それでも海外個人旅行は人生を楽しく、豊かにしてくれます。そんな実体験を綴っています。

インド:イスラム教とタージ・マハル などなど

2010年の年末、下図のようなルートでインド北部を旅し、ベナレスでは仏教遺跡の「サールナート」と、ヒンズー教の聖地である「ガンジス川」を訪ねたことは以前に書きました。

今回は、イスラム教と関りの深い、アグラの「タージ・マハル」等の話です。

ここ数回、宗教的な内容ばかりで、宗教にはあまり関心のないJJも少し疲れてきましたが、インドを旅して初めてこの3宗教を考える機会となりましので、書き留めておきたいと思いました。インド北部に関しては、これで最終回の予定です。

イスラム教

ところでなぜ、イスラム教がインドで広まったのでしょうか?ヒンズー教や仏教はインドで生まれたこともあり、それが広まったことは分かるのですが(仏教は途中で衰退しましたが)、イスラム教に関しては「どうしてだろう?」と疑問に思っていました。

 

下表は、以前も掲げました。この中で示すように、イスラム教が広く普及したのは16世紀からです。この時代は、モンゴル帝国の末裔がインドを支配し、そこに「ムガル朝」を築いた時代です。ムガルとは”モンゴル“という意味で、この王朝がイスラム教を奉じたとのことで、一機にイスラム教が広まったようです。やはり、どんな王がその国を支配するかによって、広まる宗教も変わっていくようです。

インドにおける各宗教の展開時期

「モンゴル帝国の支配領域は中国周辺では?」と考えていましたが、これは大きな間違いで、西は中東まで広がっており、この帝国はイスラム教も受け入れていたようです。東の端の日本は元寇に耐えて侵略をまぬがれましたが、仮に侵略されていたら今頃はどんな国になっていたのやら? タージ・マハルはこの時代の遺産です。

 

アグラの「タージ・マハル」

アグラにある「タージ・マハル」は流石にインドを代表する世界遺産。想像していた以上に大きく、美しい建造物(お墓)でした。一般的に、観光地は、案内書やNetに載っている写真の方が、実物より良く撮れていることが多い気がしますが、ここは実物の方が遥かに迫力もあり、奇麗だと思います。

タージ・マハル

正面からの外観はもちろん、霊廟内のあらゆる部分が左右対称になっていることで知られています。また、すぐ近くで見ると大理石を彫って作られたレリーフや、象嵌細工の繊細な装飾が施されています。ここはもうJJの感動文より、自分の目で確かめられるのがベストだと思いますので、是非機会があれば現地を訪ねて下さい。

 

余談ですが、当方、ここに入場するにあたり、持ち物検査で鞄の中に入れていた「水彩絵の具」が引っ掛かってしまいました。建造物に、この様な塗料を投げかけたり、塗りつけたりすることが無い様に、入口で没収(廃棄)することになっている様です。

 

水彩絵の具は、高価なものでもなく、没収されても仕方ないと思いましたが、現地のガイドさんが気を利かして、入口近くにあった売店の主人に「これ預かって」とひょいと渡してくれ、観光後にそのお店で受け取りました。ガイドさん、売店の御主人様、ありがとうございました。こんな変な事をこのタージ・マハルの写真をみながら思い出しました。

タージ・マハルの繊細な装飾

アグラの「アグラ城」 などなど

先ほどのタージ・マハルはムガル帝国の第5皇帝が、その妻の死を悼み国家財政が傾く程の費用をかけて建設したと言われています。

 

一方、ここアグラ城は、ムガル帝国の城塞として、3代に渡って増改築が行われたそうですが、この中に、タージ・マハルを建てた第5皇帝も含まれ、財政状況など気にせずに贅沢な建物を建て続けたため、見かねた息子がここに幽閉してしまいました。その後皇帝は、ここから遠くに見えるタージ・マハルを眺めながら亡くなったとの事。

 

城塞の美しさより、息子に幽閉された話の方が気になりました。JJもそんなこと(資産はないけど、ボケで施設等に幽閉される?)にならない様に気を付けなければ!

アグラ城

まあ、このあたりまでは、ムガル帝国という聞き覚えのある帝国名での話ですし、一生懸命ガイドさんの説明も聞いていた様な気がするのですが、これ以降は「〇〇王とか〇〇朝とかのお墓やお城です」と言われても、ほとんど分からず、同じような建物を見て回っているような気がして、途中で面倒になってしまった というのが正直なところです(ガイドさん、すみません)。

 

5日目にジャイプールの「ハワー・マハル(風の宮殿)」と「アンバー城」を、6日目に、デリー近くの「クトゥブ・ミナール複合建築群」「フマユーン廟」等を観光し、写真は撮りましたが、、、、、

ジャイプールのハワー・マハル(風の宮殿)

ジャイプールのアンバー城

デリー近郊のクトゥブ・ミナール複合建築群

デリー近郊のフマユーン廟

まとめ

今回の旅、旅程2日目のサールナートは仏教と、3日目のガンジス川はヒンズー教との関りが深く、歴史的には二カ所ともかなり古い時代(古代インド)の遺跡や当時からの聖地でした。

 

一方で、旅程4日目のタージ・マハル、アグラ城はイスラム教と深く繋がり、比較的近年(中世インドの後半)の建造物や町です。この後、旅程5~6日目もイスラム教と関係した所でした。

 

今回こうして、インド北部を旅して、各所で各宗教の遺跡や風習に接することが出来、更にその後15年以上も経った今になって、改めてインドの宗教歴史を整理する機会も得ました。想い出を整理するのに少し疲れ感もありますが、脳機能の活性化に役立ったような気もします。これもやはり旅のおかげだと思います。

 

JJ(爺)の旅ブログは最新情報を載せることは、なかなか難しい面もありますが、過去の写真アルバムをながめながら情報を再整理することで、新たな発見があり、また自分史の材料にもなる様な気もします。

 

インド北部の宗教話、最後までお読みいただきありがとうございます。

ではまた

 

jj-travel.hateblo.jp

 

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