どうして今頃、15年前のロシア旅行に関して書こうと思ったのか、自分でもその動機がよく判りませんが、最近のロシアから浮かぶ言葉は「戦争」「独裁国家」「侵略」等で、何ら気持ちを安らかにしてくれる単語が見つかりません。
以前、旅行中に特に印象深かった「モスクワの地下鉄」と「グルジア料理等」をブログにあげましたが、ここでも結局は「地下鉄(防空壕)が戦争」と、「グルジアが侵略」と結びついてしまいました。これは、15年前でも現在でもロシアという国が余り変わっていないということを示唆するものなのでしょうか。
こんな余りスッキリとしない状況で、改めて当時のロシア旅行を振り返ってみたくなり、アルバムを開きました。
結果からすると、当時の写真を眺めブログを書いたからと言ってモヤモヤが晴れた訳では全くなく、寧ろ「ロシア語が解らずスマホも無い時代のことで、兎に角疲れた旅行だった」ということを強く思い出しただけに終わりました。今回はそんな回顧録で、何回かに分けて時系列的に思い出を綴っていきます。
なぜロシア旅行
当時ここを選定したのは、①今まで行ったことが無かったこと ②JALのマイルが相当たまっていたこと ③2005年に東京/上野の美術館で「プーシキン美術館展」がありマティスの「金魚」を見て非常に気に入り、その場で高価な複製画も購入しましたが、改めてこの絵の本物を見たくなったこと等です。

この個人旅行に於いて、飛行機の予約、空港からホテルまでの移動に関しては、自分で計画し行動しました(自由旅行)。一方、ロシア地域専門の旅行会社「ジェイアイシー旅行センター(株):以下JIC」には、VISAの取得、ホテル、現地OPツアー、モスクワからサンクトペテルブルグへの特急列車(超特急)の手配をお願いしました(手配旅行)。
言ってみれば、自由旅行と手配旅行の組み合わせで、しかもほとんど言葉が通じず、スマホも持ち合わせていなかった時代の海外個人旅行で、やはり自由旅行部分ではかなり苦戦しました。
旅程
スケジュールは下表の通りで、訪問先はモスクワとサンクトペテルブルクの二カ所です。
表中☆をつけた部分が自由旅行です。一方、★が手配旅行で、これは旅行業者のJICに依頼した部分です。
なお、自由旅行や手配旅行の区分に関しては、過去ブログ「JJの海外個人旅行とは。パック旅行? 組立旅行?」に詳しく書いていますので、よろしければそちらをご覧ください。


(その1)は、出発前の準備から出発後1日目の内容です。
出発前の準備:VISAの取得、バウチャーの発行
当時、ロシアに入国するには、大使館に出向きVISAを取得する必要がありました。勿論、こんな面倒なことは個人ではできませんので、バウチャーの発行も含めて、上述の旅行会社(JIC)に依頼しました。
現在は、「電子VISA」も「パスポート貼り付け型VISA」もあり、費用は5,000~10,000円前後。必要書類として「電子VISA」の場合、パスポート(コピー)と顔写真があればよく、NET申請もできるようですので、旅行者にとっての準備はそれほど面倒な訳ではありません。

なお、ロシア人が日本の観光用ビザを取る場合、申請自体は無料の様ですが、日本側の”招へい人”が多くの書類(招へい理由書、住民票等)を準備する必要があり、手続きは非常に煩雑なようです。この煩雑さゆえに代行業者に頼む必要があり、これが数万円かかることもあるようです。
現在も、日本人がロシアに行くのは意外と簡単そうですが(わざわざこの時期に行く人も少ないと思いますが・・・)、ロシア人が日本に来るのは、意外とハードルが高いという感じです。
1日目:成田からモスクワへ
○飛行機
2025年現在、日本とモスクワ間の直行便はすべて運休中です。現状、仮に行くとすると、中国や中東経由で乗り継ぎ時間を含めて20時間以上かかるようです。当時はJALの直行便があり、10時間程度の飛行時間でした。マイルも沢山貯まっていましたので、ビジネスクラスを利用し、モスクワにつくまでは至って快調でした。
成田を11時頃発→モスクワ16時頃着でしたが、到着時にまだ陽は高く、「暑いなあ~」と思ったのが、ロシアの地に足を下ろした時のファーストインプレッションでした。
○空港からホテルまでの移動
この移動に関しては、早々にトラブり、ホテルにはほうほうの体でたどり着きました。苦戦話は、別途書きたいと思います。
東京の8月上旬の日没時間は18時半頃かと思われますが、モスクワでは20時頃で、空港到着時、まだまだ日暮れまでには時間はあるなあ~と思いましたが、列車の乗り間違えやホテル探しに時間を取られ、結局チェックインイン出来たのは、ほぼ日暮れに近い時間となりました。空港からホテルまで、順調にいけば2時間もあれば十分だと思っていましたが、結果的には倍近い時間を要してしまいました。
○モスクワのホテル
ホテル「ヒルトン・レニングラーツカヤ」の建物は立派で、モスクワに7つある巨大なスターリン・クラシック建築のうちの1つだそうです。ニューヨークの摩天楼にコンプレックスを抱いていたスターンの肝いりで1950年代に建造され、その後、ヒルトン系列のホテルとして改装しオープンしたばかりで、非常に豪華かつ奇麗で快適でした。


ただ、空港からホテルまでの移動に疲れ果て、レストランがどこにあるかもよく判らず(NETで調べる訳にもいかず)、言葉が通じないという現実も移動途中でよく判り、夕食は近くの売店で、手振り身振りでサンドイッチと飲み物を購入しただけで済ませ、早々に休みました。
飛行機は快適でしたが、到着後は非常に疲れた一日となりました。
続きは(その2)で。
ではまた。