最近、ロシアが騒がしく「嫌な国だなあ~」と思うことが多くなりましたが、JJが旅行した2010年当時はそれほどでもなかった様な気がし、「どんな国だったのだろうか? なにか独裁主義的な側面を垣間見ることがあったのだろうか?」と改めて当時のアルバムを開いてみたくなりました。今回は、そんな回顧録的な内容です。
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2010年夏にモスクワとサンクトペテルブルクに4泊6日で行き、この時どんなところで、何を食べたのかほとんど記憶に残っていません。朝食はホテルに付いていましたので、まともな物を食したと思いますが、特に夕食は、当時スマホもなく、どこにレストランがあるのかも良く判らず、また何を食べたのかの記憶も記録も残っていません。
ただ、そんな食事の中で、2日目のグルジア料理(モスクワ)と4日目の寿司(サンクトペテルブルク)、5日目のJALの機内食に関しては、記憶が比較的鮮明です。
2日目:モスクワでグルジア料理
モスクワ市内観光のOPツアー(午前中のみ)では、赤の広場、ノヴォデヴィッチ修道院等を駆け足で巡りました。このツアーに昼食はついておらず、「お薦めのレストランは紹介しますが、別途食事代は精算してください」という内容でした。アルバムにその時の領収書が張り付けてありますので間違いないと思います。
現地案内人に連れていかれたのは「グルジア料理店」でした。「グルジアとは何?」とそこから始まり、国の名前だという事を当時初めて知りました。
「グルジア」とはロシア語の呼び方で、2015年以降は日本でも英語の呼び方で「ジョージア」となっているようですが、JJが訪ねたのは2010年だったので、当時はやはり「グルジア」だったのでしょう。
この国は地図でも判りますが、モスクワの遥か南、黒海に面し、アジアとヨーロッパ(ロシア)の接点にある面積的には小さな国です。1920年代にロシアの侵攻を受け、その後ソビエト連邦の創設メンバーとしてソ連の一部となりました(現在のウクライナ情勢に似ているのではないでしょうか。無理やりソ連に併合させられたのでしょうか?)。1991年のソ連消滅時に独立を果たし、現在に至っています。

「モスクワに来ているのになぜお薦めがグルジア料理なの?」とガイドさんに聞いたら、「自分はグルジアの出身で、モスクワには出稼ぎで来ている。グルジア料理はモスクワの料理より美味しいので、是非食べて欲しい」というようなことを言われたと記憶しています。
出てきた料理名をロシア語とカタカナで紙に書いて下さいました。「よくカタカナが書けますね」というと「日本語学校で勉強した」とのこと。これも記念にアルバムに張り付けています。

ハルチョ(スープ)、チョホフビリ(牛肉のワイン煮)、ハチャ(パン)を頂きました。ハルチョは少し辛く、酸っぱくもあり、スパイシーなスープでした。ただ単に辛いのではなく、香辛料を多く使い風味豊かな味でジョージアの定番料理だそうです。ソ連時代も、ロシアでご馳走といえばジョージアの料理だったそうです。
確かに美味しかったですが、料理内容というより「自分は全然世界を知らないなあ~」とそんな想い出の方が強かった昼食でした(食事代は2人で5,900円だったみたいです)。
余談ですが、最近、相撲ではウクライナ出身の安青錦(あおにしき)の活躍が素晴らしく、母国の状況も鑑み、ついついテレビ観戦時「いけいけ! やれやれ!」と応援してしまっていますが、ジョージア出身の力士には、元大関の栃ノ心(とちのしん)がいました。

4日目:サンクトペテルブルクで寿司
当日、午前中は「ペテルゴーフ(ピョートル大帝の夏の宮殿)」のOPツアーに出かけ、午後はフリー、夕方に超特急サプサンに乗って、サンクトペテルブルクからモスクワまで帰るという日程でした。
サンクトペテルブルクは海に面していることもあるのか、メイン通りに多くの寿司屋を見かけました。昼食にピロシキを食べたこともあり、また、海外(ロシア)の寿司はどんな味がするのだろうという興味もあって、夕食時に一軒の店に入りました。

メニューはやはり巻き寿司の方が多かったのですが、JJは握り寿司のセットと日本酒(冷や)を頼みました。ただ、少し大げさですが、待てど暮らせど出てきません。JJだけでなく全てテーブルで、そんな感じで、かと言って別に文句を言っている人がいるわけでもなく(日本だとキレてしまいそうでしたが・・・)会話を楽しんでいるようでした。
やっと出てきた寿司のシャリとネタの間にワサビは入っておらず(近年、日本のスーパーで買う品と同じですね)、別途付いていました。サーモンは本場に近いためか美味しく、いくらは塩抜きがされていないためか塩辛く、蒸しエビは日本で食べるのとほぼ同じ味でした。本当は余り期待していませんでしたが、日本酒も含めて期待以上でした。

5日目:JALラウンジのウォッカと機内食
JJは余り機内食の写真を撮ったりはしないのですが、この帰りの飛行機で出てきた料理だけは何故だか記録しています。
兎に角、このロシア旅行は疲れました。当時、ロシアという国がそれほど海外の観光客を期待している訳でもなさそうであり、案内板なども少なく、あったとしてもロシア語で、英語の併記などは勿論ありません(40年前のパリもフランス語だけだったような?)。
現在ですとスマホでなんとかなると思いますが、当時は、移動や食事やチケット購入時等、旅行中ずっと気が張っていました。帰国日も鉄道の乗り換えに手間取り、空港についてチェックインを終え、JALのラウンジに入ってJALの飛行機が見えた時は、「やはりJALは日本の翼だよね。これで日本に帰れる!」とホッとして、その時、頂いたウォッカ(ロック)がなんと美味しかったことか。

ほろ酔い気分で、飛行機に乗り、早々に出てきたのが写真の機内食。これぞまさしく日本食というようなメニューで、感動して写真を撮ったという状況だったと思います。美味しかったです。

個人旅行でしたので、全般に食事には苦労しましたが、一方でグルジア料理という生まれ初めての料理を頂き、それに伴い旧ソ連から現ロシアの変遷を垣間見し、更にいつも頂いている日本料理を見直したという機会に巡り合えました。これが、また個人旅行の面白さなのでしょうか。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ではまた。