夜の喧騒に疲れ果て
2024年夏、ベトナム中部のホイアンに行ってきました。美しい景観と歴史的な街並みで有名ですが、夕方からの喧騒は凄まじく、あまりの韓国人(&中国人?)の多さに、ここは韓国人街か、はたまた韓国/明洞かと思うような感じで、JJは夜の街にグッタリと疲れたというのが正直なところです。

これまで、ハノイやホーチミンを訪れた印象からすると、ベトナム人は優しくシャイな人も多く(日本人に比較的良く似ており)、この国に行くと癒やされるという感じを持っていたのですが、今回は、想定以上に観光客が多く、現地の方とゆるりと接する時間もなく、夜店の土産物屋さんで値段交渉をしただけで終わり、そんな思いはどこかに吹き飛ばされてしまいました。
ただ、日中に旧市街を尋ねると、観光客はほとんどおらず、休み休みしながら、歴史的な街並みや土産物もゆっくりと見ることが出来ます。8月末ということもあり、暑さで2時間程度が限度でしたが、人混みの暑さより空気温の暑さの方がまだマシと言う方にとっては、アイスコーヒーやマンゴージュースなどで体を冷ましながら、散策されるのも良いかも知れません。JJもこの昼の時間の方が良かったです。

韓国パワーに圧倒され
ホイアンには、1600年の初め徳川幕府の朱印船貿易により、日本人も渡航してくるようになり、日本人街を形成しましたが、約30年後の鎖国令により街は衰退しました。
観光名所の「来遠橋」は、当時の日本人が建設したといわれていることから「日本橋」とも呼ばれています。しかし、現在ホイアンで日本との関係を示す有名なものは、これくらいしか無いのではないでしょうか。

日本人街が衰退した後は、多くの中国人が移住して貿易の実権を握り、現在のホイアンの町並みはこの中国人が建設したものと言われています。
従って、もっと中国人の観光客が多くても良さそうなのですが、韓国人観光客の半分程度だと聞きました(しかも、中国本土の人でなくほとんどが香港人であると現地案内人の方は言われていました)
中国とベトナムはお隣の国ですが、お互いあまり仲は良くないと聞いています。北部ベトナム地域は紀元前から当時の中国(漢)に支配され、そこからの独立に多大の犠牲を払っている様です。また、近年では、ベトナムはアメリカとの戦争後、中国と戦い(中越戦争)お互いギクシャクしているのかも。その影響で、隣国でありながら、観光客は韓国よりも少ないのかもしれませんね。
現在、韓国人が多いのは、日本と比べ、アクセスが良いこと、実質的な個人の経済力が高いこと、語学力(英語)が優れていること、政府や旅行会社が積極的にプロモーション活動していること 等いろいろな要因があるようです。
アクセスの良さからいえば、韓国からダナン(ホイアンの玄関口)へ直行便を飛ばしている航空会社は10社程度あり、一日10便以上の便があるのに対し、日本(成田)からダナンへの直行便は実質1社(ベトナム航空だけ)で、一日1便しかありません。
また、飛行時間も韓国からは4時間半、日本/成田からは5時間半。結果的に、運賃も日本に比べ遥かに安く、これらからしても圧倒的に韓国人が多いのは当たり前の様です。
韓国語の表記はよく見かけましたが、日本語表記などはほとんど見受けられませんでした。レストランに入ると韓国語のメニューをすぐに持ってきてくれるところもありましたが、日本語のそれはほぼありません。
JJが夕食時に入った「SAKURA」というレストラン(2017年に安倍元首相も来店されたレストラン)には、日本語メニューがありましたが、昼夜計6店利用した飲食店の中では、唯一、その店だけでした。

今回、現地でお世話になった日本語ガイドの息子さんは、現在韓国語を勉強中とのこと。これからは日本より韓国(または中国)相手の商売を考えた方が良いとの思いが強いとの事でした。
このような現象は、他の東南アジアやグアムでも発生しているとも聞きましたが、今回ホイアンに出向いたことで、改めて韓国パワーを実感した次第です。やはり海外に出ないと分からないものですね。
ホイアンは、昔は日本人街、その後中国人街、そしていまは韓国人街として進化しているのかも知れません。
京都もインバウンドにより人で溢れかえっているようですが、ベトナムの小京都とも言われているホイアンも同様で、年寄りのJJとしては、「ホイアンは、夜の喧騒に疲れ果て、韓国パワーに圧倒され、また時の流れを感じさせる街」となりました。
観光地特有の混沌した状況を耳・目・肌・時で感じ、前頭葉はかなりの刺激を受けたような気がします。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ではまた。